Q.I.BASE
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History

2003

2003年10月6日
パッシヴ4弦フレッテッドJazzbassでのツアーがまもなく開始。エフェクター群も全て一新。
2003年10月3日
老舗の経済専門誌、”財界さっぽろ”2003年10月号に記事掲載。
2003年10月2日

8th(mini) album"TAPIRUS"に関するプレスコメント

”世界各地をベース一本で奔走する今沢カゲロウの8thミニ・アルバム。6弦エレクトリック・ベースによる独奏スタイルで、特殊奏法やエフェクト・ワークを駆使したサウンドは、マニアックなファンや多くのミュージシャンに支持されており、海外などでは"BASS NINJA"と異名を取ることでも知られている。卓越したテクニックは無論、全編フレットレスベースで録音された収録曲を聴いて感じたのは、何よりも音楽としての完成度の高さだ。ベースという楽器の可能性、表現力の豊かさも再認識させられる仕上がり。”(Player 2003年11月号)

2003年8月26日
今沢カゲロウがパーソナリティーをつとめる、毎週金曜日夜24時〜25時のFMラジオ番組「QIフューチャームジック」が、 インターネット聴取者数第一位(音楽部門)番組となる。
2003年7月31日
8th mini album"TAPIRUS"(Q.I.BASE012E 全6曲)ライヴ会場での販売開始。
BASS NINJA Tシャツ新作発売。白のMは8月2週、Sは8月3週からライヴ会場で販売。
2003年6月20日
8th (mini)album"Tapirus"(全5曲プラスボーナストラック収録。 Q.I.BASE012E)9月20日リリース決定。全曲バラード。7月末よりライヴ会場にて先行販売。
2003年4月13日
7th album"SNATCH!"収録曲の内、9曲のプロモーションヴィデオが完成。
2003年3〜4月

7th album"SNATCH!"に関するプレスコメント

”初っ端の1トーンから神経パルスをビリビリ刺激しまくる独特の緊張感。聴く者の意識を完全に異世界に連れ去ってしまうかのような”高揚感”こそがカゲロウ・ワールドの真骨頂。〜中略〜別次元に突き抜けてしまっているセンスや演奏力には相変わらず異論ナシ。新たなる異名として”ベース界のリチャード.D.ジェイムスという称号を進呈したい。”(BASS MAGAZINE 2003年4月号)

”〜長短20曲をコラージュした、混沌とする未来感覚〜ベース1本で世界をわたる股旅ベーシスト今沢の、ついに7作目。考えられる最先端手法と技法を駆使しながら、音源は全てベースに頼るというのがこの人のスタンスだ。オール・ベース・ソロであったり150万人の聴衆を巻き込む実況モノであったり、ヴォイスや民族性を採り入れてみたりと様々に変容し楽しませてもくれるが、その本質は何といっても冷徹でドラギッシュなフューチャー・サウンドにある。今作は乾いたドラムを入れてのグルーヴ・ロック!ベルリンを騒然とさせたあのテクと奇抜な展開に再び唸らされるが、長短20曲をコラージュした混沌とする未来感覚にまた新たな彼の世界観を見よう。7曲目以降、これまでのストイシズムとは異なる悪戯心も聴き逃せない。”(JAZZ LIFE 2003年4月号)

”精力的な公演数と強烈な存在感で欧米でも注目されているベース・ニンジャこと今沢カゲロウの7thアルバム。その異名の通り、ベースの表現力の限界に挑戦するような驚異的なテクニックでムーン6弦ベースから繰り出される音の量にまず圧倒される。
今回はベースと生ドラムという構成だが、ややメタリックな響きのドラムと多彩で肉感的なベースのトーンとの絡みは、まるで鋼鉄の鎧の中にたぎる熱い血潮のようなへヴィ・サウンドだ。一方でベースのみの楽曲で奏でられるフレーズ作りも巧みで、呪術的な妖しさすら感じられる。”(Player 2003年4月号)

”通算7枚目を数える今回のアルバムは、何と言っても全編ベースと生ドラムのみで構成されている点に注目したい。ツアーの合間を縫って制作されているというだけあって、ライヴ感をまといながら分厚く鋭く響いてくる重量級のベースプレイはまさに圧巻のひと言。小技で聴かせるこれまでの世界にはないダイナミックさを体感できる全20曲。”(YellowPage 2003年3月号)

”6弦エレクトリック・ベースという武器から繰り出される超絶プレイの数々は、まさしく神業。エレキベースという楽器の限界を超えたテクニックは、聴く者を圧倒してくれること間違いなしだ。”(Sound&Recording 2003年4月号)

”6弦ベース奏者として世界を股にかけ活躍する今沢の7枚目のアルバム。非常に攻撃的かつ扇動的。ジャンルに括られることのない多彩なサウンド、そしてベースの限界を超えたプレイにトランス状態は必至。これほど良い意味で緊張状態が続くアルバムもめずらしい。”(CDジャーナル 2003年5月号)

””ベースニンジャ”今沢カゲロウは、そのマジカルなスキルとパフォーマンス性で東洋人ベーシストとしてハリウッドから初の公式招待を受けソロ公演とクリニックを行ない、ベルリンでは150万人をベース一本で熱狂させたという男。今作はすでに7thアルバムとなり、6弦・5弦は当たり前、さらに様々なエフェクトも駆使して生ドラムとともにアクロバティックなハイパー・ベース・サウンドがギッシリの全20曲。”(FOOL'S MATE 2003年6月号)

2003年3月20日
本日、7th Album "SNATCH!"遂にオフィシャルリリース!
2003年2月
7thアルバム"SNATCH!"を引っさげ、"BASS NINJA TOUR 2003"スタート。
2003年2月
"ベースの未来を切り拓く男−今沢カゲロウ"のムーン提供のカラー広告、ポップ広告が、ベースマガジン誌、プレイヤー誌、そして北海道から九州まで全国の楽器店で一斉に登場!!
2003年1月
〜BASS NINJAが、荒廃した世界を征服(スナッチ)する!〜
3月20日に7枚目のアルバム、"SNATCH!(スナッチ!)"(全20曲 Q.I.BASE011D)のリリース決定。発売を記念して、昨年を上回る大規模なツアーがスタートする。
2003年1月
ドイツのケーブルメーカー、SOMMER(ゾマー)とエンドース契約。

2002

2002年12月
7thアルバム"SNATCH!"(全20曲)完成
リリースは2003年3月20日。
2002年11月
7th albumのファイナルミックスダウン開始。
2002年11月
フランスのレーベルからリリースが決定。インダストリアル/テクノイズの重鎮、Contagious Orgasmのニューアルバムのレコーディングに参加。
2002年10月
ハリウッド公演とベースクリニック招待でお世話になった、MIのJapanフェスにプロゲストとして参加。
2002年10月
大高清美(Organ)の4thアルバムに2曲参加。今回は村石雅行(Drums)とのDuoが中心。今沢は5曲目とラストナンバー(今沢自身の作曲)でプレイ。リリースは12月22日。
2002年6月

"Bass Ninja in Hollywood!!"
現在、年間250本という精力的なツアー中、世界を身軽に駆け巡るベースパフォーマー“BASS NINJA”こと、今沢カゲロウが、米LA時間5月22日19時、東洋人のベーシストとしては初めて、アメリカMI(Musicians Institute)ハリウッドからの公式招待によるベースクリニック&ソロパフォーマンスを行った。
MIハリウッドといえば、これまでスティーヴヴァイ、スタンリージョーダン等世界のトッププレイヤーが招待されており、歴代のMIベース講師陣も、ティムボガート、ジェフバーリンなど、そうそうたる顔ぶれ。今沢は欧米のどのプレイヤーとも違う、世界唯一のオリジナリティーとテクニックを評価されての公式招待となった。
MIハリウッドのアーティスト担当、フィルバークス氏の、“彼はまさにBassCyborgだ! QUAGERO IMAZAWA!! BASS NINJA!!!”というMCと共に、6弦フレットレスによるデモ演がスタート。レクチャーを挟みながら、4月に某大手FM局のカレッジチャートで一位となったベースソロ曲"Edgerunner's high"で締めくくった後、学生達も驚きを隠せず、“彼はfutureそのものだ、こんな凄いプレイは初めてみたよ”“信じられない”“いったい彼の手足はどうなっているんだ”“何てヤツだ”“素晴らしい”という、ため息混じりの声と歓声が会場中で上がり、終了後はサイン大会に。
ベースの未来を切り開くべく、たった一人で挑み続ける"BASS NINJA"を皆で応援しよう。

2002年6月
7thアルバムのプリプロダクション開始予定。
2002年5月
アメリカ・ロサンゼルス公演ツアー。ハリウッドにある"Musicians Institute Hollywood"から、東洋人のベーシストとして初めて公式招待を受け、ベースクリニック&ライヴを行う
2002年4月13日
CROSS FMのCRJ(カレッジレディオジャパン)チャートで、6thアルバム"II"に収録されている"Edgerunner's high"が第1位に。
2002年4月
JAZZ LIFE 2002年5月号のベース特集"BASS TOWNへようこそ"にて、マーカス・ミラー、リチャード・ボナ、ブライアン・ブロンバーグらと共にインタビュー掲載。

アルバム"II"に関するプレスコメント

"一瞬にしてリスナーの感覚を異次元に叩き込む超絶技。この孤高にして凄絶なオーラが放つ輝き! BASS NINJAは今作も絶好調。バカテク&6弦ベース&エフェクトを駆使した尖鋭的なサウンドの"合わせ技"はまさに驚異の連続で、そのカッコ良さは破格。〜中略〜常人離れした展開のオンパレード。この稀有な存在感は、どこかしらビヨークやDJクラッシュの音世界にも通じるものがある"(BASS MAGAZINE 2002年4月号)

"攻撃的かつ扇情的なサウンドとテクニックは聴くものを驚かせる"(Sound&Recording MAGAZINE 2002年4月号)

"ベース一本!技あり!”世界的に活動する今沢カゲロウの6枚目。ベースという楽器から考え得るすべての音をパーツとして捉え、従来の概念を大きく越える構築の仕方は彼の真骨頂と言えるだろう。得意技であるエフェクトを縦横無尽に駆使したパフォーマンスも、より高度化、複雑化していて、これはもはやベーシストの一芸の域を越えている。(JazzLife 2002年4月号)

6弦ベースから発せられるパーカッシヴかつうねりのある低音と、トリッキーなエフェクトさばきによるメロディ/コラージュが炸裂。何よりグルーヴィーな仕上がりが心地よい。(Player 2002年4月号)

2度目のファーストアルバムであるといっても過言ではない新境地を展開。(NEIGHBOURHOOD 2002年3月号)

ベースの限界を超えている。(BADGE 2002年5月号)

2002年3月
原点回帰ともいえる6thアルバム"II"リリース
2002年2月
年間250本という世界最多のベースパフォーマンス"Bass Ninja II tour 2002"開始。
2002年2月

来る2月5日(火)、東京渋谷に校舎をかまえる音楽学校MIジャパン東京校で、世界最尖端を突っ走るベースパフォーマー、BASS NINJAこと今沢カゲロウによるベースセミナーが行われた。6弦フレットレスベース一本で世界各国を渡り歩いた彼のパフォーマンスからスタート。10本の指をフルに使った超絶テクニックと、まるでマジックを見ているようなエフェクトさばき、そして、パーカッシヴなヴォイス。全てのサウンドを一人で操っているとは思えないほどの濃厚で厚みのある音に、学生達は息もつけないようす。デモ演と質疑応答の後、なんとアニメタルのMASAKI氏がいきなり登場し、今沢とのベースバトルが始まった。今や日本を代表する超絶テクニカルな両氏のプレイに会場は興奮の渦。おそらく他では見る事の出来ないホットなイベントとなった。(MIジャパン東京校本部)

2001

2001年12月31日
年間通算205本にのぼった、"BASS cyborg OM tour 2001"が無事終了。後半、エフェクターの足技の軸足となる右足指の事故や、右手中指の爪をはがしてしまう等、トラブルに見舞われながらも、薄ら笑いをうかべつつエフェクターの上をくるくる回り、流血しながら高速フレーズを叩き出した。総立ちの会場の"BASS NINJA!"コール、そして、興奮を抑えられないキッズが5〜6人ステージ上に上がって踊り始めたとき、彼は勝ちを確信した。イマザワは止まらない……。
2001年12月
6thアルバム"II"(全12曲64分24秒)マスタリング終了。"II"はベルリンのTonkombinatスタジオを全く使用せず、北海道は日高山脈近くの廃虚と化したパブ"embryo"跡地にて録音された。前作"cyborg OM"と180度逆のアルバムを作りたいというQIの意志のもと、原点回帰的な新境地を追求。
インストパートはほとんどベースのみだが、収録曲の半分にはヴォイスが入り(アルバムにはGibberとクレジットされている)、インタールードとしてバラードも数曲収録。少年時代の頃に好きだったという、JBやスティービーワンダー風のナンバー、3声のヴォイスによる11拍子のヘヴィロック、さらに現在のライヴでの代表曲を、新兵器を使用した現在のアレンジでドラムスと組み合わせて収録。
アルバム全体の音は、QIのアルバムでは初めてのロック的なダイナミズムを追求したものとなった。もちろん、それがQI特有の世界観を軸に展開されている。シークレットトラックには"reshape(OM)"が収録。この6枚目のアルバムにして、2度目のファーストアルバムといってもよい"II"、ライヴ会場での販売とインターネット通販は2002年2月中旬から、大手レコード店店頭では3月以降に並ぶ予定。
2001年11月27日〜12月20日
6thアルバムレコーディング期間。この間、毎週末深夜、スタジオ近隣の某クラブに出没。アルバムの為のシークレットギグ4回、音楽学校(MI)にてベースセミナー1回開催予定。
2001年11月
東京で、造形美術家・城下るり子個展に演奏参加
年間205本の公演ツアーを行う
2001年10月
インターネットFMを通じて、Contagious Orgasmとのコラボレーション開始
2001年10月
来年リリース予定の6thアルバムの制作開始。新作は、過去5枚のアルバムで確立されていた手法(マテリアルは全てベースによるライヴ録音、もしくはドラムループを加えてのベースのみの多重録音)を白紙に戻し、ベース以外のものを初めて導入する。レコーディングは11月下旬からスタートするが、スタッフも3rdアルバム以来のQ.I.の相棒、ミヒャエル・シュナイダーとトム・ヴォルケの制作コンビ(Tonkombinat "Heinrich Hertz")解散にともない、環境を一新する予定。
2001年10月
2001年9月の舞鶴公演をオーガナイズしていただいた、バーズアイ氏のサイトで、その日の公演についてレポートされている。
2001年8月
FM番組"Q.I.フューチャームジック -1 electro"のコーナーの音源は、ベルリンdie inselの"noise und liebe festival"以来Q.Iと親交のある、インダストリアル、テクノイズシーンの重鎮、CONTAGIOUS ORGASMが提供することになった。インターネットFMラジオ番組でのみ、Q.I.とCONTAGIOUS ORGASMのコラボレーションがチェックできる。
2001年7月
MOONより"Climb-6 Q.I.special(フレッテッドベースヴァージョン)"リリース。
2001年6月
ベースマガジン2001年7月の特集記事"高速スラップが聴けるアルバム12枚"のページで、2ndアルバム"Sci-fi Basso + live in Berlin"が取り上げられ、"ベースニンジャのスラッピングは万人をうならせるもの"と紹介。
2001年5月
アコースティックギターDUO、足立兄弟と9年ぶりに再会。6月にはジョイントライヴを行い、彼らの身上でもある高速バトルの応酬に参戦。
2001年7月
(株)ムーンより、今沢カゲロウ6弦フレッテッドベース"Climb-6 Q.I.special "がリリース
2001年5月
2000年10月、2001年3月と舞鶴公演をオーガナイズしていただいた、バーズアイ氏のサイトで、舞鶴公演の詳細についてレポートされている。
2001年4月
ベースマガジン2001年5月号の特集記事"ベーシストのソロアルバム16枚"のページで、4thアルバム"4 PHUSION"が紹介。”MOON特集”ではMBC-6 Q.I.special も紹介されている。
2001年4月
毎週金曜日24:00〜25:00オンエア中の"Q.I.Future Musick"で構成されているコーナーは現在7種類。

Q.I.history・・・今沢の今までのキャリアや国内外のツアーでの体験について
Q.I.roots・・・今沢がインスパイアされた音楽その他
Q.I.remix・・・今沢の曲のリミックス音源について紹介
Q.I.live・・・スタジオでのベースソロパフォーマンス
Q.I.phusion・・・リスナーから送られてきた環境音とベースのスタジオセッション
Q.I.-1electro・・リスナーから送られてきた電子音とベースのスタジオセッション
Q.I.letters・・・リスナーからのファックス、メール紹介。ハガキのみならず、リスナーから環境音や電子音のMD、DATを受けつけている。採用音源は今沢のベースとのスタジオセッションに使用される。問い合わせはこちらまで。

2001年4月
今沢がパーソナリティーを務める、FMラジオ番組"Q.I.フューチャームジック"オンエア開始
2001年3月
"Neon Djazz bpm Tour 2001"(w/加納美佐子(p))開始。
2001年2月
今までの過去4作品のインダストリアルファンクな音楽性に加えて、世界各地の民族音楽の要素をハイブリッドに盛り込んだ5枚目のアルバム、"cyborg OM" を数カ国でリリース。
2001年2月
"BASS cyborg OM Tour 2001"開始
2001年1月
FMラジオ番組"Q.I.フューチャームジック"収録開始。オンエアは4月6日(金)24:00〜25:00より。4月に当webのコンテンツに貼付される番組用Q.I.バナーをオンタイムでクリックすれば、札幌エリア外のリスナーはインターネット放送でチェックできる。4月から毎週金曜日24:00〜25:00はQ.I.webに集合!
2001年1月
最もMOONサイドで開発に力を入れているベースはClimb-5である。
アップトゥデイトなベース特有のボディーサイズのコンパクトさゆえに、Q.I.specialのサーキットを搭載することは不可能とされ、1999、2000年と、ClimbモデルはQ.I.specialの構想から外れていた。しかし、MOONサイドのオファーにより、遂にClimb-6 Q.I.specialの開発が行われることとなった。

2000

2000年12月
5thアルバム"cyborg OM"(全10曲63分37秒)マスタリング終了。
2000年11月
2001年、5thアルバムのリリースと共に、FMラジオ番組"Q.I.Future Musick(Q.I.フューチャームジック)"のパーソナリティーを務めることが急遽決定! 世界中のリスナーのために、インターネット放送も行われる。2001年は国内外200会場あまりでの公演を予定しているが、その合間をぬって生演奏を含む毎週一時間放送の収録を行うという、超多忙なスケジュールに挑戦。放送局、オンエアスタート日時など、詳細は2001年1月に発表される。
2000年11月〜12月
ベルリンにてニューアルバムの録音、ヨーロッパ公演ツアーを行なう
2000年10月
HIROSHI(ex. 頭脳警察、裸のラリーズ、現ニプリッツ等)賞、べース部門受賞。
2000年10月
パソコン誌"週間ウルトラONE"(宝島社)10月17日発売号に当ホームページの紹介記事掲載。
2000年10月
MOON MBC-6 Q.I.special 0 ver.1(6弦フレッテッドベースヴァージョン)が完成。Q.I.special 0ver.2は年末、Q.I.special 2は年始に完成予定。
2000年10月
日本初の国際音楽ショーケースイベント、"MIX2000"のセミナー部門に講師として招へいされる
2000年9月
国際音楽イベントMIX2000でのベースクリニックに関して、ウエスと共同主催である、TBS系列HBC放送でのラジオCMオンエアスタート。10月上旬に"ニュースの森〜テレポート2000"出演決定。
2000年8月
ツアープロモーションを兼ね、FMノースウエイヴ、FM三角山放送、読売新聞、日刊スポーツ、北海道新聞他9誌にて取材、CM、インタビュー出演。
2000年8月
"BASS NEW FUTURISM TOUR 2000 vol2"開始。
2000年7月
「ベースマガジン」誌8月号(7/19発売)"My Dear Bass"のコーナーにて今沢のQ.I SPECIAL 1号機に関するインタビュー記事掲載。
2000年6月
10月に札幌で開催される国際音楽イベント"MIX2000"のセミナー&ワークショップ部門に出演決定。

4thアルバム"4 PHUSION"に関するプレスコメント

"驚異的なベーステクニックには可能性を感じます"(GROOVE 2000年4月号)

"スペーシーなパッドや4つ打ちキック等のバックとともに展開されるハイパーなベースは"ベースニンジャ"の異名をとるのも納得の出来"(Sound&Recording MAGAZINE 2000年4月号)

"ファンクチョッパー系とは違うクールさ、ヨナス・エルボーグ(b)なんかともちがう倒錯した現実感"(JAZZ LIFE 2000年4月号)

"フュージョン界ではまず作られないフュージョン"(「Music Magazine」2000年4月号)

"新作でも、近未来を思わせる独自の感性は冴え渡る。1本のベースから生まれるとは思えない驚異の音世界"(月刊YELLOW PAGE 2000年3月号)

2000年5月
(株)ムーンより、今沢カゲロウ6弦フレットレスベースシグネイチャーモデル、"Q.I.SPECIAL 1"がリリースされる
2000年3月
「Player」誌編集長の田中氏が東京のQ.I.BASE訪問。"Dear My Partners"のインタビュー記事に今沢のベースコレクションとともに登場。その模様は6月号掲載予定。
2000年3月
TBS系HBCテレビ、ドキュメンタリー番組"WAVE"(アサヒビール提供)に出演。
2000年3月
前作の手法を更に発展させ、旧作の要素も取り込み、音響的にも進化したアルバム「4 PHUSION」を数カ国でリリース
2000年3月
"BASS NEW FUTURISM TOUR 2000"開始。
2000年2月
前作の方法論を押し進める一方で初期の尖鋭的要素も取り込み、STOMメンバーが全面バックアップして音響的にも進化した驚異のアルバム"4PHUSION"(全10曲56分58秒)数カ国でリリース。

1999

1999年11月
ベルリンにてニューアルバムの録音
1999年10月
TBS系列HBCテレビ、デジタルデータ放送"DATA PARADE"のイメージキャラクターに選ばれ、ベースソロによるTV-CM出演、音楽担当
1999年10月
楽器メーカー、ムーンコーポレーションと正式にエンドース契約。今沢独自の多彩な奏法、高速技術の為の様々なアイデアが盛り込まれているという。その6弦フレットレスベース、"Q.I SPECIAL 1" 第一弾は2月下旬頃に完成予定。
1999年10月
 TBS系HBCテレビ、デジタルデータ放送"DATA PARADE"のイメージキャラクターとして、コマーシャル出演、音楽担当。4種類のヴァージョンのベースソロを1年間にわたって放映。
1999年9月
"Edgerunner's Fusion"のプロモーションヴィデオが完成。今沢の指先を軸に、廃虚、廃品工場、トンネルなど5か所のロケ地で、50以上のカットを編集。イタリアンサイバーパンク映画"NIRVANA"を思わせる、スピード感のあるコラージュ作品に仕上がった。
1999年8月
"BASS NEW FUTURISM TOUR 1999 vol.2"を10月まで行なう
1999年7月
ベルリン150万人のイベント"LOVE PARADE"に出演
1999年7月
"BASS NEW FUTURISM TOUR 1999"の合間を縫って、プロモーションも兼ね、FMノースウェーブ、FM三角山放送、NHK総合テレビ、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、北海道新聞などでのCM,インタビュー出演他各種取材。

"今沢のサウンドには反復・超高速といった現代テクノに通じるビートがある。しかしそのビートを生み出しているのがマシンではなく生身の人間であるというのは驚異であるし、だからこそ今沢のビート、ベース・フレイズはとても生々しく、肉感的だ。"(JAZZ LIFE 99年10月号)

アルバム"PSYBASS METALOOP"に関するプレスコメント

"ベースの未来を切り開く男"(BASS MAGAZINE 99年4月号)

"今までこんな素晴らしい日本人プレイヤーを知らなかった事を残念に思います。ジェフミルズもびっくりのハードなミニマルテクノから、スクエアプッシャーもびっくりのテクノドリルンベース、レッドスナッパーもびっくりのJAZZ/ヘッズなど、とにかくびっくりしっぱなし。大推薦。"(WAVE池袋店)

"サイバーな空間と絶頂的なテクニック"(PEPPERLAND)

"天才ベーシスト、今沢の新作はポップでトランステクノな仕上がり。何せカッコイイ"(MUSHROOM)

("最新リードベースアルバム情報"のページで、スタンリークラーク、ジャコバストリアス、ヨナスエルボーグら欧米勢とともに)"体育会系バカテクベースとは一線を画するところにいる、ハイテク・ベーシスト、今沢カゲロウ。新作では、単なる打ち込み&ベースパフォーマンスの世界を飛び出した彼の世界に浸ることができる。(JAZZ LIFE 99年7月号)

"先鋭ハイテクベーシストの本スタジオ盤は妙に肉感的でダンサブルに仕上がっている。大いなる飛躍といえよう"(JAZZ LIFE 99年4月号)

"スタンリークラーク meets ジェフミルズ。もしくはハードミニマルヴァージョンのスクエアプッシャー。これこそFUSIONでしょう"(STUDIO VOICE 99年4月号)

"これまでのサウンドとは異なるテクノ色濃いサウンドに仕上げ、退廃的近未来観を描く"(月刊YELLOW PAGE 99年3月号)

"高度な技巧を駆使して、海外で評価の高い、今沢の新作は、多重録音を行い、以前よりもポップな仕上がり"(北海道新聞 99年4月6日夕刊)

"独自の世界を持つベーシストと言えば、ジャコパストリアスやスタンリークラーク、最近ではSQUAREPUSHERを思い出す人も多いだろう。今沢氏も圧倒的とも言えるテクニックを持ちつつも、それをただ披露しているだけでなく、ポップかつダンサブルなミュージシャンだ。 ベースにこだわる理由として彼は、「もっとも自由に扱える楽器である上、テクニックの発明、高速技術の究極を目指した時期もあったが、今はそれ以上に、今沢 カゲロウというアーチストが、自分の音楽をやるときにたまたまベースを駆使しているという感じの方が強い。例えばブレードランナー的世界を表現したいときに、LOU REED的世界や、NY LOFT JAZZ、INDUSTRIAL、AFRICAN BEAT等、様々な表現方法が有りになってくるが、自分はベース一本で柔軟にトライしている」と答えてくれた。"(SHIFT TECHNO 99年4月号)

"ワールドワイドに活躍する今沢 カゲロウの3rdアルバム。テクニックのみを押し出した難解なものではなく、アルバムとして楽しんでもらおうという、ポップでダンサブルなものに仕上がったという。今沢といえばベルリン・ラヴパレードにベース1本で出演し、欧米でBASS FUTURISTの異名をとるほどの実力派。そんな彼の音をその耳でたしかめてみよう。"(agasus 99年5月号)

"間違いなく世界一クレイジーなコスモポリタンベースプレーヤーだ。〜ドイツ・ベースプロフェッサー誌より引用〜"(JAZZ批評 99年No.2号)

1999年6月
欧州ソロ公演ツアーを行う。同時にケルンのmo-mental(bassline production)の専属ベーシストとしての活動開始
今沢のベースをリミックスする独ユニット"STOM"本格始動。EP,マキシを続けてドイツでリリース
1999年3月
日本国内での全国ツアー"BASS NEW FUTURISM TOUR 1999"を行なう
1999年2月
旧作とは一転して、多重録音にこだわり、マシン以外全てのトラックに費やしたベース アルバム"PSYBASS METALOOP"を数カ国でリリース。世界各国の業界誌で絶賛される
1999年1月
"世界をまたにかけるベース奏者"として"ひと'99"に掲載。(北海道新聞)

1998

1998年12月
今沢のベースを、今沢と2人のドイツ人artistがリミックスして作品化される、"STOM"名義での全欧マーケット、ダンスチャートをもくろんでの活動開始、EP、LPリリースも引き続き予定。
2人は"Plastik&Feedback"の変名で、欧大手Drum'n Bass,TripHopのオムニバスに、Squarepusherらとともに数曲参加した、スタジオワーク、リミックス中心のartist。
1998年11月
欧州ソロ公演ツアーを行なう
この年、2度の欧州ソロ公演ツアーを成功させる
1998年10月
ドイツ"ベース・プロフェッサー"誌にて、"世界でもっともクレイジーなベーシスト"と掲載。
1998年10月
全国ツアー中、岡山シティFM、FM倉敷、FM福山等でインタビュー出演。
1998年9月
TBS系HBCラジオ"オトコのホンネ"に出演、生演奏。
1998年8月
全道公演について報道。(北海道新聞)
1998年8月
より長期にわたる日本での全国ソロ公演ツアー"BASS FUTURISM TOUR 98 vol.3"を開始
1998年7月
ドイツ・ウルム・"Schalterhalle"にて1ヶ月にわたったエレクトリックフェスのオープニングパフォーマンスを務める
(他の出演は、ダグ・ウィムビッシュとウィル・カルホーン[元リヴィング・カラー]等)
1998年7月
ベルリン・150万人の巨大イベント"LOVE PARADE"に出演。ベースソロ、DJとの共演で野外ステージ"Nation of Gondwana"に参加。巨大なオーディエンスを熱狂させ、"QUAGERO IMAZAWA"の評価を確実なものとする
ストックホルム・"ナースリイ・インジェクション・フェスティバル"に参加
1998年6月
全欧ソロ公演ツアーを8月まで行なう
1998年5月
月刊イエローページ"人生は上々だ"に記事掲載。
1998年4月
鋭さを持ちつつテクノ色の強くなった完全ベースソロアルバム"サイファイバッソ+ライヴインベルリン"をドイツからリリース。
1998年2月
TBS系HBCテレビ"夜のつぼみ"で国際的活動について1週間特集。
1998年1月
TBS系HBCテレビ"ニュースの森〜テレポート6"で、"6本の弦で欧米の若者の心をつかんだ彼の名はニンジャ"と世界規模の活動について特集される。
1998年1月
日本国内での全国ツアー"BASS FUTURISM TOUR 98 vol.1"を行う。4月にはvol.2を行う
1998年1月
北海道公演について報道。(北海道新聞・毎日新聞)

〜1997

1997年12月
ニューヨーク・"Biblio"にてデヴィッド・フュージンスキー(スクリーミング・ヘッドレス・トーソズ)と共演 〜 3度の米・欧州ソロ公演ツアー、過去最大規模の欧米縦断ソロ公演ツアーを行う。
1997年11月
ベルリン・"Schlegel"にて、スヴェン・ドーゼ(DJ)とコラボレーション
1997年10月
世界ソロ公演ツアーについて報道。(日刊スポーツ)
1997年7月
スウェーデン・アルヴィカフェスティバルにSU-ENダンスCo.とともに出演。
(他の出演は、FRONT242、バイオハザード、TYPE O NEGATIVE等)
1997年6月
ベルリン・"KLANG KREIG"に、アレック・エンパイアらDJスタイルのソロアーティストにまじり、ただ一人ベースソロで参加。ヘッドライナーのアレックと並ぶ喝采を得る
ベルリン・"St.Kilda"にて、カール・クラック(ATARI-teenage-RIOT)とコラボレーション

北海道新聞97年8月28日夕刊より。

"ベース・ニンジャ" 今沢カゲロウが公演
欧米を中心に活躍中のベーシスト今沢カゲロウが29、30日の両日、札幌・チャドでソロライヴを行なう。特殊な6弦エレキベースを駆使し、同時に複数の音を出す高度な技術で"ベース・ニンジャ"の異名を取る。前衛ジャズミュージシャンと共演する一方で、欧州各地のダンスイベントで演奏するなど活動は幅広い。「だれも出せないような未来的な音の空間をつくりたい」とライヴに意欲的だ。30日は、北海道在住の異色ピアニスト宝示戸亮二がゲスト出演する。

「Jazz批評」誌97年No.3号に掲載されているマンガの中の黒ずくめで、右手のみ手袋をはめているベーシストは彼がモデルになっている。

97年10月から年末にかけ、ニューヨークからスイス、オーストリア、ドイツ各都市を始めとする中央ヨーロッパを縦断する大規模なコンサートツアーを予定。

1997年7月11〜12日
北欧アルヴィカフェスティバルに参加。5会場に分かれて、30以上のグループが参加したが、最も大きな会場のど真ん中に大きなPAを設置、パワーショベルの上に乗ったスウェーデンのSU-ENダンスCO.が会場に入ると同時にインダストリアルなSEと共にベースソロを開始。予期せぬ展開とパフォーマンスで、2万人近いオーディエンスをノックアウトする。参加グループはほかに、バイオハザード、FRONT 242、Type O Negativeなど。
1997年6月27日
ベルリン・ST. Kilda Trips Drillにて、富士ミュージックフェスで昨年今年と来日を果たしているDJのカール・クラック(ATARI-Teenage-Riot)とコラボレイション。
1997年6月19日
ベルリン・Inselにて、ノイズ・インダストリアル・デジタルハードコア等のビッグイベント「KLANG KRIEG」に、アレック・エンパイヤらと共に参加。DJスタイルのアーティスト達の中、唯一ベースソロで参加したが、ヘッドライナーのアレックと並ぶ大好評を得た。

スウェーデンのZamla Mammaz Mannaのドラマー、ハッセ・ブルニウソンの新しいグループ「Ensemble Nimbus」の新譜に参加、録音は96年夏のものである。

アルバム"STOMUTATION+live at knitting factory"に関するプレスコメント。

"その革新的なパフォーマンスから"BASSNINJA"の異名をもらっている。"(JAZZ批評 97年No.2号)

"オーバーダビングなしというのが信じられない、怒涛のインストゥルメンタルアルバム"(月刊YELLOW PAGE 97年5月号)

"SCARY,AMAZING,solo electric bass guitar from this unknown GIANT. a MONSTER electric 6string fretless bass player."(ニューヨーク・ダウンタウン・ミュージック・ギャラリー、NEW YORK)

"ベースの限界を打ち破る、極限の世界"(BASS MAGAZINE 97年4月号)

CRAIG F(GOD is my Co-pilot)も絶賛!

4ヶ国に生徒を持つ彼のベースレッスン"FUTURISTIC BASS TECHNIQUE"は現在も大好評につき、若干名のみ真面目な会員を募集中(滞日中に限る。初心者不可)。

1997年1月
オーバーダビング(多重録音)無しの、完全ソロベースアルバム「STOMUTATION + LIVE at KNITTING FACTORY」をスウェーデンからリリース。米"BASS PLAYER"誌他各国の業界誌で絶賛される
1996年
ニューヨーク・ニッティングファクトリーでソロパフォーマンスを行なう。同時に数多くのグループに参加
スウェーデン・ウプサラで催された、国際アートエキシビジョンEVENTA3に日本代表アーティストとして参加。北欧アルヴィカフェスティバルにソロベースで参加
モーガン・オーグレン(フランク・ザッパ)を初め、数多くのセッションワークも並行して行う。ベルリン、コペンハーゲンではDJと共に、マルメではSU-ENダンスCo.と共にアートフェスに参加
東京で、造形美術家・城下るり子個展"DESIRE"に演奏参加
3度の欧州ソロ公演ツアーを行う。この頃から、ジャズ、エクスペリメンタルシーンのみならず、テクノ、インダストリアル、エレクトリックミュージックシーンでの活動がメインに
1995年
ヨーロッパ各国、ニューヨークにおける活動を開始。海外のインプロヴァイザー、アーティストと数多く共演。特に、チャールズモフェットにはテクニックとオリジナリティーを絶賛される
オーディエンス、アーティスト問わず革新的なアプローチから"BASS NINJA" の異名をとる。年間活動の3分の1をNYにあてる
1993年
以前からゲリラ的に試みていた、ベースソロパフォーマンスを開始
並行して、梅津和時、広瀬淳二、大友良英らをはじめとする、数多くの急進的ミュージシャンとの共演を行なう
1991年
プロとしての仕事を始め、ツアー、セッション、スタジオワーク、インストラクター等、精力的に着手
1990年
上京
1983年
ベースを始める
1970年
2月15日 北海道江別市にて生まれる